最後のホハレ峠〜・王子製紙作業道跡・〜5

 断腸の思いで最終到達地点を門入から黒谷砂防ダムに変更して再び歩き始める。断崖絶壁とも言え
る尾根の中腹を遥か下に流れる沢に沿って新ホハレ峠道は続いている。深い谷の向こう岸の斜面に藪
に埋もれた道が見えている。この沢の流れる谷をつめた後、沢を渡って向こう岸の尾根に回りこんであ
の山肌に見える道を歩かなければならないのだ。道が沢を横切る地点までは700m。水場はそこにある
はずだ。しかしGPSのトリップコンピュータを確認すると我々の全体平均速度は時速600mまで低下して
いる。1kmにも満たない距離ではあるがウンザリするほど遠く果てしないのである。デジカメで記録する
気力も既に失せている。よって探索行程の後半は記録画像点数がぐっと減っているのであった。
これまでは廃道探索家根性をいかんなく発揮し、新ホハレ峠道を正確にトレースしてここまでやってきた。
しかしこの時ばかりはこの金玉根性が緩みショートカットしても良いかななどと考えたが悲しいことに谷が
深く急過ぎて下りて行くことも叶わないのであった。
 そしてここで一つの事実に気がつく。昨年の探索では黒谷を沢歩きして黒谷砂防ダムに到達した。
その時に砂防ダムより南東の谷から流れてきて黒谷に合流する支流の沢…今まさに我々が歩いてい
る遥か下に流れる沢である。この沢の北岸1〜2mの高さのところに車道の痕跡のようなものが見られ
た。あの時はこれが新ホハレ峠道王子製紙作業道だと推測していた。しかしそれは大きな誤りであった。
新ホハレ峠道はその時歩いた沢の頭上100mの山肌斜面に存在していたのだ。

 いくつかの崩落箇所を乗り越え藪を漕いで行くと最初は遥か   
下を流れていた沢もだいぶ近くなってきた。しかし体力の限界
も近くなっている。足に絡みついたツタに遂に頭にきて自慢の
脚力で引きちぎってやろうとした。が、遭えなくツタのしなりに
負け、その反動ですっ転んでしまったのである。もはや無力そ
のものだ。完全に藪に手玉に取られてしまっているのだ。
 この谷をつめたところでやはり道は寸断されていた。そこに
設置されていたはずの土管がかなり下流の方まで押し流され
ているのが確認できた。1126時。ここでようやくお待ちかねの
お食事タイムである。グロメク氏が今まで見せたことのない手
際の良さでミートソースパスタを振る舞ってくれた。
 


昼飯はパスタと半額引きで購入した高級ウィンナー
 
この先もまだまだ藪は続いている

    昼食の支度をしている時にとうとうポツリポツリと雨が降って
 きた。昨年の探索時も同じように昼食の用意をすると同時に
 雨が降ってきたのを思い出した。まったくホハレ越えというヤツ
 はハードボイルド極まりない。この昼食時の水場で飲料水も補
 充しておいた。お湯を沸かしグロメク氏が持参したインスタント
 コーヒーと砂糖を全部投入し、沢で冷やしてから各々のペット
 ボトルに補充する。私の方にもう一本ペットボトルが余っていた
 ので沸かしたお湯を同じように沢で冷やして入れておいた。
  ここから黒谷砂防ダムまでは900m。1200時。休憩も程ほどに
 出発することにした。残り時間は確実に少なくなってきている。
 ここからは”藪”だけではなく時間との戦いである。

 門入に近づくにつれて藪の様相が変化していることに気がついた。道の幅一杯  
にびっしり生えている藪に人が一人通過できるラインがあるのだ。人か動物かは
判らないが何かが通った痕跡がある。グロメク氏が釣り人ではないかと言う。成る
程この藪に埋もれた道の下には沢が流れているし、先ほど我々が昼食をとった場
所もなかなかの好ポイントであった。獲物を求めてこの藪を漕ぐ釣り人の執念恐る
べしである。しかし人が通った痕跡があるとは言え自然の回復力が遥かに勝り、
猛烈に藪が生い茂っている箇所も次々現れ難儀させられた。藪漕ぎは体力的に
はもちろんだがそれよりも遥かに頭が疲れるのだ。無駄に体力を消耗させること
無く、どのラインをとり、どの藪を押し退けるか考えて効率的に藪をすり抜けていか
なければならない。ただ闇雲に藪を押し倒して強引に進もうとすれば、幾重にも連
なった藪が鉄壁より硬い塊となって弾き返される。壮絶な頭脳戦なのだ。
 

    1241時。ついに黒谷砂防ダムに到着。といっても砂防ダムの
 上方75mの峠道である。ここから更に門入側へ進めば何処か
 で砂防ダムに下りていく道との分岐があるはずだ。斜面の下を
 覗き込むと昨年の探索で歩いてきた道がはっきりと見える。し
 かしあの時とはうってかわって驚くほどよく整備された道である。
 今我々が藪漕ぎしているこの道とは豪い違いだ。そうか。門入
 から砂防ダムまで車両でも行けるというよく整備された道が何
 処から延びているのか疑問だったのだが、今我々が歩いている
 新ホハレ峠道王子製紙作業道跡の一部と砂防ダムへ下りて行
 く道を再整備したに間違いない。ということはこの先の砂防ダム
 へと下りて行く道との分岐点が藪漕ぎの終点ということだ。

 これから我々が帰る旧ホハレ峠へと続いている道がすぐ隣に  
見えている。しかしショートカットすることなくこの新ホハレ峠道を 
最後まで律儀に忠実にトレースする。そしておそらくこれが最後
であろう藪が我々の前に立ちはだかる。泣いても笑ってもここを
抜ければ藪漕ぎは終わりである。グロメク氏にこれが最後の藪
だが名残り惜しくはないかと訊ねると藪は二度と御免だと言う。
私も全く同感である。この時は一刻も早く藪漕ぎから解放された
いと心の底から願っていた。藪が憎くて憎くて仕方がなかった。
これまで性格が歪んでしまうくらい藪には散々泣かされ続けてき
たのだ。本当に辛く苦しく長い道のりであった。
 

    1258時。最後の藪を抜けると視界が一気に開けた。ここが藪
 漕ぎの終点である。心底嬉しかった。やっと終わったと思った。
 グロメク氏とここで固い握手を交わす。そして我々の最後の藪
 漕ぎをした先に見えていたのは廃道が生き返った姿であった。
  昨年歩いたこの道は鬱蒼と樹木や藪が生い茂った死んだ道
 であった。それが今や刈り払いがなされてすっかり見通しの良
 くなった林道に生まれ変わっている。そしてこれなら門入まで行
 ける。ここから門入まで1.5km程であるがこの道路状況であれば
 あっという間である。なによりもう藪を漕がなくていい。これは嬉
 しい誤算である。グロメク氏も門入まで行きましょうと力強く言っ
 た。1305時。門入へ向けて生き返った新ホハレ峠道を歩く。


門入方面より分岐点を写す。藪漕ぎ続きで顔も性格も歪む
 
左が新ホハレ峠道、右が黒谷砂防ダムへ続く。

 それにしても藪が無いだけでこんなにも速く楽に歩けるのかと 
感嘆する。藪だけでは無く、法面に生えた樹木までもが綺麗に
伐採されている。これはもう高速道路規格だと私が言うと、グロ
メク氏は否これはアウトバーンだと返す。あれだけ荒れ果てた廃 
道もやる気になればここまで生まれ変わることができるというこ
とにただただ驚くばかりである。
 途中、門入まで行った後またこの道を戻ってくるのだからと重
いザックを道端に置いてGPSとデジカメ、そして飲料水を持って
歩くことにした。確かにザックなどの装備類は重かったがこれま
で身体の一部と化していたそれが無くなるとかえって何かこうし
っくりこない感じだ。ギクシャクして歩きにくい程であった。
 


更に驚くべきことに橋落下地点が整備され通行可能になっている
 
一日ぶりにみた杉木立が懐かしい

 門入に近づけば近づく程、違和感を覚える。見通しが良すぎて一度歩いた道であるはずなのに何処か
全く別の場所へ来てしまったかのように思えるのだ。そして更に驚いたのは橋が完全に落ちてしまってい
た箇所だ。沢に土管を通して土とコンクリートで埋め立てて人どころか車両まで通行可能になっている。
更に周囲の木々を綺麗に伐採して見通しも良くなっているので、最初はここがあの橋落下地点だとは気
がつかなかったくらいだ。そして杉木立が現れると門入はもうすぐそこである。

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