最後のホハレ峠〜・王子製紙作業道跡・〜4
0530時。新ホハレ峠道探索二日目の朝は雨がテントを打つ音で目が覚めた。どうやら今日の探索
は生憎の雨となりそうだ。昨晩は二時間しか寝られなかった。いや、なんとか二時間寝ることができた
というのが正しい。というのも今回の探索では荷物を減らす為シュラフを持って来なかったのだ。
私の持っているシュラフは3シーズン用ではあるのだが安物であるが故に異常にデカい。その代わり
にNASAが開発したという”スペース暖シート「ポカポカ」ストロング”というアルミ4重構造のハイテク毛
布ダブルサイズを二枚導入したのだ。これは160gという軽さながら人体の赤外線を反射して身体を
中から温めるというハイテク素材なのである。一枚を床に敷いてもう一枚を身体に被せて就寝したの
であるが、確かに外の冷気はシャットアウトしていた。最初はテントに吹きつける風の音やすぐ外を
歩く小動物の音が気になって神経が高ぶっていた。そして一時間くらい経つと掛け布団にしていた方
が蒸れて濡れていることに気がつく。このシート、4重構造で銀色と水色の面があるのだが銀色の面
を身体側にして被せるとより保温効果が高いらしい。が、これがいけなかった。すぐさま水色の不織
布の面を身体側にして被せた。こうすると蒸れることはなかったが、一旦冷えた身体はなかなか温ま
らない。そこで持ってきた着替え、カッパを全部取り出して重ね着し、更に使い捨てカイロを身体のあ
ちこちに貼り付けた。真夜中の0時頃にグロメク氏が目を覚ましたので氏からもカイロを分けてもらい、
なんとか寝付くことができたのである。このNASAのハイテクシート、直接身体に被せるのはダメだが
シュラフの上に掛けたり床に敷けばかなり使えることは解ったので今後も利用するつもりである。
テントを撤収し、出発したのは0730時であった。明け方に
降っていた雨も上がり、意外にもテントフライの濡れもあまり
なく撤収作業は速やかに進んだ。気温は昨日に比べて高い。
夜も当初予想していたように冷え込むことはなく、これが幸い
してシュラフ無しでも凌ぐことができたのではないだろうか。
朝食はカロリーメイトを各自二つずつ食した。
昨日我々の行く手を阻みここでのビバークを余儀なくさせた
憎き二つの水無き沢を越えて歩く。グロメク氏は夜はぐっすり
眠れたがどうにも疲れが抜け切っていないと言う。確かに私も
身体が重い。というよりザックなどの装備類が重い。にも関わ
らず待ち受けているのは容赦の無い”藪”であった
![]() 探索二日目はもちろんヤブ漕ぎから始まる |
![]() 悲しいかな身体が重い |
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昨日はほぼ一日をヤブを漕いで歩いてきたわけであるが、さすがに一日 続けていると密生した藪が立ちはだかっても、これを避けて崖もしくは山側 にエスケープするか、また藪に切り込む場合はどのスペースから突入をか けるか、どの藪を手でよけるか、はたまた上から強引になぎ倒し泳ぐのか、 下をくぐるのかなど瞬時に判断できるようになっていた。 しかしそれが探索二日目になると昨日はできていた藪漕ぎスキルもすっか り感が鈍ってなかなか前進できない。まだまだ藪漕ぎが完全に身についてい ないということなのだ。 今まで歩いてきた峠道の様相が少し変わってきた。無論のこと藪は相変わ らずなのだが山側に岩壁が聳え立つ崖となっているのだ。ところどころ人が 一人入れそうな”穴”があり、熊の巣じゃないかと怯えながら前進する。 |
しばらく行くとまたもや道路が崩れて寸断されていた。この道を寸断した沢は 深さは3m程であったが、すぐ先で遥か下までもの凄い角度で落ちているのだ。 山側を迂回しようにも岩壁が切り立っておりそれは不可能である。この状況に グロメク氏はすっかり戦意を喪失し、もう峠道をトレースするのはやめて谷を降 りようと言う。しかし谷を降りて行こうにもかなり急であり、下まで降りたとしても 黒谷の沢まではまだかなり距離がある。安全そして確実に行ける保障などなく、 やはりこの難所をどうにか越えて先に続く峠道跡をトレースした方が賢明だと氏 を諭した。まず重い装備類を全て外して私一人ロープを持って沢に降り立ち、こ の沢を”沢登り”して迂回して対岸に渡った。対岸の木に今度はダブルエイトノッ トで輪をつくりひばり結びで固定した。そしてこのロープを使って再び沢に降り立 ち、私より上方にいるグロメク氏にザックなどの装備類全てを降ろしてもらう。 |
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![]() 道を寸断した沢は凄い角度で下に落ちている |
![]() なんとか対岸に渡りロープを降ろす |
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もちろん装備類を降ろしてもらうのもロープを使用した。最初投 げてもらおうとしたのだが、もしキャッチに失敗して沢に落としたら 遥か下まで転げ落ちていくのは間違い。とにかく安全確実にやっ ていくことにしたのだ。降ろしてもらった装備類は一旦沢に置いた まま私は対岸の道に登る。そしてグロメク氏が沢に降り立ち、装 備類をロープにくくりつけて私がそれを引き上げる。これらの荷物 を全て対岸に渡し、最後にグロメク氏が対岸に登ってなんとかこ の難所を乗り越えることができたのである。 しかし朝出発していきなりの難所の出現に嫌がおうでも先行きが 不安になる。そしてもちろんこの難所を越えて待っているのは言う までもなく猛烈な”藪”であった。 |
![]() 0813時。藪を漕いだ先がちょっとした広場になっている。 |
![]() この道の先がヘアピンカーブになっているはずだ。 |
難所を越え、藪を漕いで行くと不意に前方の視界が開けた。 ちょっとした広場がありその先は崖がストンと落ちており、遥か 下に谷が見えた。道は右にカーブして続いており、その先は切 り立った斜面に道が真っ直ぐに続いていた。この先にヘアピン カーブがあるはずである。このヘアピンカーブが連続する斜面、 陽のあたる時間が短いからか藪の密度も薄く歩き易かった。 しかしどうにもグロメク氏の様子がおかしい。明らかに先を急 いでいるようでこの比較的歩き易いヘアピン区間を斜面を滑り 降りてショートカットしたいと言うのだ。話を聞いてみるとお腹が 空いて力が出ないと言う。確かに腹が減っては戦はできぬ。し かしこの区間は新ホハレ峠道の一つのハイライトだ。 |
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一刻も早くこの切り立った斜面を下り、水場のあるところに出た いという氏を諭し、正確にこの区間を”トレース”することにした。 そして最初のヘアピンカーブに差しかかろうとする時、斜面の遥か 下方になんと黒谷の沢が見えた。これまでずっと未踏の峠道を歩 いてきている。そこへ一度だけではあるが通った場所が確かに遠 くではあるが見えている。このことがどれだけ我々を安堵させたこ とか。そしてよくよく見ると黒谷の西岸にはっきりと道筋があるでは ないか。それも綺麗に刈り払いされている。昨年黒谷を下ってきた 時にあのような道はなかった。かなり整備されていると情報は得て いたがまさかここまでとは。これで空腹のグロメク氏もだいぶ持ち 直したようだ。そしてこのすぐ先に第一ヘアピンカーブがあった。 |
![]() 第一ヘアピン。新ホハレ峠方面を見る。 |
![]() 第一ヘアピン。門入方面を見る。 |
第一ヘアピンは車二台が楽に離合できる幅員を要していた。 これだけの規模のものだとは予想外であった。藪が生い茂る ことなく広い空間となっている。第一ヘアピンから第二ヘアピン まではところどころ崩落を起こしており少々歩くのに難儀させ られた。空腹のグロメク氏に相反して私の方はと言えば食べ るより排出したい衝動にかられていた。この道中で華麗に"雉 撃ち”を決めることとなる。そしてこの区間に一升瓶が落ちてい るのを発見した。新ホハレ峠からこれまでの道中でゴミの一つ も見ることがなかったのでなぜか懐かしく感じる。しかし一升瓶 はこの先何本も捨てられていた。この王子製紙作業道での仕 事は呑まなやってられない程のものだったのであろうか。 |
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![]() 第二ヘアピン。新ホハレ峠方面を見る。 |
![]() 第二ヘアピン。門入方面を見る。 |
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このヘアピン区間で一気に高度は下がる。が、それが故か第二 へアピンより先は再び藪の密度が濃くなっていた。早く水場のある 沢まで辿り着きたいがこの藪がそれを阻むのである。連日の藪漕 ぎと難所越えで疲労も蓄積し足も上がらなくなってきた。この辺り になると鋸を使う機会が多くなってきた。悲しいかな横に覆いかぶ さるように伸びている木の枝やツタを跨いだり下をくぐったりかき分 ける気力も失せてきているのだ。これまでの藪漕ぎにもう飽き飽き してウンザリしていたので鋸を使うという行為が新鮮だったのだと 思う。しかし労力的にはそれほど大差は無いのでそのうち使うのを やめる始末である。それにしてもこのホームセンターで買った\980 の鋸はよく切れてかなり使える逸品であった。 |
猛烈な藪区間をくぐり抜けると再び視界が開ける。GPSと地形図 で確認するとここは新ホハレ道と黒谷の支流の沢(最東地点でみ た沢が源流である)へ下りて行く道との分岐点であった。例によって 広場のようになっており、ほんのひとときではあるが休息の場とな る。この先、道は右へとカーブしており黒谷砂防ダム上流南東に別 れる支流の沢が流れる谷を奥までつめなければならない。ここまで 来れば水場もあると目論んでいたが、沢は崖とも言える斜面の遥 か下を流れているのであった。そしてその斜面より北方遥か向こう に黒谷砂防ダムが確認できた。しかし黒谷砂防ダムを背にしてこの 谷を奥までつめた後、向こうの尾根に回り込まなければならない。 かなりの距離である。しかも普通の道ではなく”藪”が続く道である。 |
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![]() ○で囲ったのが黒谷砂防ダムである。遥か彼方だ。 |
![]() 黒谷砂防ダムを背にして続く道は崩落と藪が連続する |
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