ホハレ峠2008春 その2 〜蕎麦粒山登山〜

 先日アップしたトガス登山の記録が半年ぶりの更新ではあったのだが、次なるネタもまたもやホハレ
絡みである。もう呆れられていることだとは思うが勘弁していただきたい。
 トガス登山から一ヵ月、今年もまた我々サラリーマンに麗しのゴールデンウィークがやってきた。休み
の少ない私の勤める会社は四日間の連休であるが、三日以上の連休があるのはゴールデンウィーク
と年末年始の二回しかないので有意義に使わねばならない。
 が、連休前日の仕事でひと悶着あって精神的にかなりヤられてしまっていた。仕事とプライベートはき
っちり割り切るように心がけているが、年に何回かは休暇中まで引きずることがあるのだ。まったく、よ
りによってそれが麗しのゴールデンウィークになるとは…。

 部屋でふて寝していたい気分であったが私にとっては年に二度しかない大型連休である。テンション
は最低ではあったがこのままふて寝していれば後々自己嫌悪にかられてもっと苦しむことになると自分
を奮い立たせて出かけることにしたのであった。

 行き先は奥美濃の藪山"蕎麦粒山"である。 
これまでのホハレ探索で幾度となく目にした耳 
にした山なのでいつかは登らなければと思って 
いたし、先月にトガスを登った際に黒谷を挟ん
で聳え立つその姿を見て改めて決意したのだ。

 ルートは大谷川からの一般的な登山道では
なく、蕎麦粒山より南西に延びる尾根からのア
プローチである。この尾根には王子製紙作業
道のホハレ峠から取り付けそうだ。
 実は2007年春にもこのルートで蕎麦粒山を
登ろうとしたが雨でやむなく撤退させられた。
 

 新ホハレ峠から蕎麦粒山山頂まで距離にして約3km程ではあるが、一般的な登山ルートでは無い
ので藪漕ぎは必至である。今年の降雪量では尾根稜線の残雪は全く期待できないし藪の濃さも未知
数だ。日の出と共に行動を開始し、最低限の装備で速やかに登り速やかに下山するのが上策である。
そこで連休一日目の午後に京都を出発してホハレ入りすることにする。ホハレ林道の砂防ダム上流
の広場にテントを張り、ここをベースキャンプとした。幕営の準備が終わったのが夕方17時過ぎ…。
まだ夕食には早かったので川上浅又川の流れや奥美濃の山々を見ながら、会社でのことをうじうじと
思い出しては考えて過ごすのであった。結局、食事を終えて日没を迎え、テントの中に入りシュラフに
潜っても会社の呪縛からは逃れることはできなかったのである。

     翌日、目が覚めたのは5時半頃であろうか。目が覚めると同時にシュラフ
 に包まったままテントの全室で朝食を作って食べる。今日は時間との戦いに
 なりそうなので少しでも早く出発したい。ベースキャンプのテントは張ったまま
 蕎麦粒山を目指すことにした。
  ハンターでホハレ林道の新旧道分岐点まで走り、分岐点からは徒歩である。
 装備は40リットルザックに飲料水1.0リットル、昼食としてのおにぎり2つ、
 行動食のチョコレート1袋、非常食のカロリーメイト1箱、合羽、ツェルト、簡易
 ハーネス、8mm25m補助ロープ、カラビナ×3、環付カラビナ×1、エイト環、
 アッセンダー、長短スリング3本ずつ、ヘッドライト、GPS、救急セットである。
  ロープ及び登下降用ギヤは必要無い気もしたが、何が起こるか解らないの
 が奥美濃の藪山であるので装備に入れることにした。ちなみにカラビナやエイ
 ト環などの金物類はザックのウエストベルトハーネスにまとめてぶら下げてお
 くと熊鈴の代わりになる。
  6:15新ホハレ峠着。分岐点からここまで踏み跡は明瞭で、訪れる度に歩き
 易くなっている感じだ。

 新ホハレ峠から王子製紙作業道沿いに歩く。しばらく進む 
と作業道は左へとカーブするが、踏み跡は真っ直ぐ谷筋へ
続いている。朝、やや慌てて出発したので用足しがまだであ
ったので作業道をそのまま奥に入った茂みの中でキジ撃ち
を敢行。やはり作業道の方は踏み跡もなく、二年前に訪れ
た時と変わらぬ廃道のようである。
 谷筋へ続いていた踏み跡はかつて坂内村と藤橋村の境
界線のあった尾根へと続いていた。この尾根に登り、東へ
と歩を進める。踏み跡も明瞭だったので蕎麦粒山へ登るル
ートとして結構メジャーなのかと思った矢先、踏み跡が無く
なった先には藪と潅木が立ちはだかっていた。
 


      ここからが本当の蕎麦粒山登山の始まりであった。尾根
 上の藪と潅木の濃さに萎え、尾根の北斜面に降り、トラバ
 ースする感じで進んで行く。斜面の藪は尾根上よりは薄か
 ったが時折倒木や横向きに生えた樹木を乗り越すのにア
 クロバッチブな動きを要求される。これが体力的に消耗さ
 せられて辛い。時々斜面から尾根の頂上に上がるが藪や
 潅木の密度は濃いままだったのでまた斜面に戻る…しば
 らくこれを繰り返して進む。最初は痩せ尾根だったのが次
 第に広くなっているのに気がついた。

 やがて斜面をトラバース気味に進むのをやめて尾根上を進むことにした。藪と潅木は相変わらずだが
尾根が広くなったことで藪を漕ぐにも幾つか選択肢があるので突破口を見出すことができる。痩せ尾根
に上がった時の藪は突破口が一つしかなく、それがかなりキツく無理のあるものであった。
 広くなった尾根は傾斜もほとんど無くなったが、それに反比例して藪の濃さは一段と濃くなる。一面鈴
竹の藪である。鈴竹だけならまだしも時々この中に倒木が紛れているのがヤラしい。ヤブ漕ぎ区間に
突入してもうどれくらい時間が過ぎただろうか…既に全身汗まみれである。時々藪が薄くなったところで
立ち止まり、地図やGPSを見ようとするがその間に蝿がどんどん集(たか)ってくるのだ。これが尋常で
無い数で自分が腐乱死体にでもなったかのようである。これを振り払い逃げるようにまた歩く…というよ
り、藪漕ぎをして進むのであるが、立ち止まるとたちどころに蝿が集ってくる。ペットボトルに口を咥える
際に誤って飲み込んでしまうくらい凄い数だ。これでは休憩できたものではない。しかしこれが藪山を登
るということなのだと思い知った。これまで虫のいない晩秋や初春しか藪を漕いだことがない自分の経
験の甘さにうなだれるのであった。

 既にヤブ漕ぎ区間に突入して一時間半を越えていた。この間に進んだ距離は700mである。8:30、
全工程の2/5の地点である。このままこの状況が続くようであれば時間が足りない。いや、その前に
私の体力が尽きてしまう。現時点では傾斜はないがこの先、蕎麦粒山に近づくにつれて急登となる。
急登に藪漕ぎ…考えただけでも吐き気と眩暈を覚える。

 とりあえず先へ進もう。蕎麦粒山の頂上は無理でも途中 
の1075ピーク まで辿り着ければ…などと弱気になって藪 
を漕いでいると突然空間が現れた。尾根が東向きから北
向きに変わってからしばらく進んだ地点だったと思う。刈り
払いされた道がこの先の1075ピークに向かって続いてい
たのである。よく見るとこの刈り払いされた道は尾根の南
東から延びてきている。これは嬉しい誤算であった。
 しかしここで強い獣の気配を感じる。数十メートル向こう
の鈴竹の藪の中からムホッムホッと何かの息づかいが聞
こえるのだ。エイト環とカラビナを揺らして鳴らし、奇声を上
げて通過した。
 

    これまで遅々としてペースが上がらなかったが、言うまでもなく藪がないとと
 ても歩き易い。一気にペースを上げる。と、同時に視界が開けて目前に巨大
 な三角形の物体が現れた。蕎麦粒山である!
  これまで藪にまみれて展望など全く皆無であったが、突然目に飛び込んで
 来たピラミッドのような形の蕎麦粒山を目の当たりにしてテンションも上がる
 ばかりである。
 

 刈り払いされた道は途切れることなく続いていた 
ので1075ピ ークまであっと言う間であった。
 しかし二時間近い藪漕ぎが結構堪えているよう
で息は切れ切れである。休憩しようにも立ち止ま
れば無数の蝿が集ってくるのでこれを嫌って先へ
先へと進み続ける。1075ピークから少し下り、
残るはいよいよ蕎麦粒山への登りである。

左が1075ピーク 右が蕎麦粒山

    この登りはかなり辛かった。さすがに無数の蝿が集ろ
 うが気持ち悪がってる場合ではなく、休憩しながら少し
 ずつ高度を稼いでいく。
  ふとズボンを見ると蝿の他にテントウムシが数匹這っ
 ているのを見つけた。しかしこれがよくよく観察するとテ
 ントウムシにしては嫌に平べったいのである。次の瞬間
 身の毛がよだった。マダニである!(((´Д`;)))))
 すぐさま払いのけ、全身を手ではたく。髪の毛にもくっつ
 いているんじゃないかと半狂乱でかきむしった。帰ってか
 ら調べたがあれは間違いなくツェルツェマダニである。

 蕎麦粒山への急登中に携帯電話にメールの着 
信がある。1075ピーク辺りから携帯電話が通じ
るみたいだ。眼下に広瀬の集落が望める。
 

 最後の急登は完全にバテていた。数メートル進んでは止まって休憩、進んでは止まってマダニが着
いてないかのチェック…この繰り返しであった。この急登も有難いことに刈り払いされている。それな
のにこの体たらくぶりである。刈り払いされていなかったらどうなっていたことやら…。

    10:20蕎麦粒山山頂着。山頂には二人の登山者が休憩しておられた。
 挨拶をして二言三言話したが息が上がっていて会話どころではなかった。
 全身汗でびしょ濡れだったが山頂は心地良い風が吹いており、しばらく座
 っていると汗もひいていき、あれだけ集っていた蝿もまばらになる。マダニ
 が一匹上着の袖を這っていたので指でつまんで潰してやろうとしたがこい
 つが平べったく堅いので無理であった。岩の上に払い落として、石で擦り
 潰してやった。
  お腹はあまり空いていなかったが下山に備えておにぎりを二つ無理やり
 頬張る。この時先に山頂におられた二人の登山者が下山して行かれた。
 そういえば山頂からの景色をまだ眺めていない。携帯電話のカメラを使っ
 て撮影開始である。山頂からは360度の展望が楽しめた。
  しばらくすると単独の登山者が登って来られた。この方としばしお話をし
 てから11:00に下山を開始。


蕎麦粒山山頂より 小蕎麦粒山?
 
360度の展望


奥美濃の山々
 
山頂からは門入の集落もみえた

 登りにかかった時間は4時間。下りはヤブ漕ぎ区間以外は飛ばせるので3時間程で下山できる
だろうと目論見であった。

 刈り払いされている区間は順調に下ることができた。
登ってきた尾根を間違えないようにGPSと紙地図で
何度も確認してヤブ漕ぎ区間へ突入。ヤブ漕ぎ区間
に入り、途中まではよかった。しかしこの区間の中間
点で下るべき尾根を間違えて948.7ピークに行って
しまった。これはもちろん後になってGPSの軌跡を辿
って解ったことであるが、現場では藪の中ということも
ありGPSの精度がイマイチで位置が詳しく把握できて
いなかった。このピークの範囲の尾根を堂々巡りして
いたのである。無論激藪の中をである。
 

 何度となく、この方向は違うと進んで来たルートを戻るが、行くも戻るも藪の中なので地獄であっ
た。ただの藪ならまだいい方で迷走していた尾根にはやたらと杉の倒木が多くて、藪+倒木の障
害をアクロバッチブな動作でかわさなければならない。下りならまだいいが登りとなるとこれが本
当に地獄である。最初はコンチクショー!と叫びながら進んでいたが徐々に体力も気力も尽きて
きた。おまけに飲料水も残りわずかである。この時点で当初の下山予定時刻を1時間過ぎていた。
これはまさに遭難寸前である。さすがに焦ってきた。とにかく冷静にならなければと自分を諌める。
 この時は自分が何処にいるか解らなかったので、はっきりと位置が解るところまで戻ることにし
た。結構な距離を戻ってから、地図とコンパスで進むべき方向を慎重に定めて歩を進める。
これでまた迷走するようなことがあれば、本気で洒落にならない状況に陥ることになる。

 しばらく藪を漕ぎながら尾根を下って行くとやがて踏み跡が現れた。覚えがある。登りで辿って
きた尾根に間違い無い。踏み跡を辿るとすぐに王子製紙道に出ることができた。登って来る時に
キジ撃ちした現場まで立ち寄ったのだが、ここへ来た時になぜか強く帰ってきたのだと思ったので
あった。新ホハレ峠で飲料水を全て飲み干した。ここまで来れば道をロストすることはない。廃道
ではあるが通い慣れた道である。

 15:53無事にハンターを停めておいた新旧道分岐点に到着。ベースキャンプにかっ飛び、テン
トに置いておいたお茶を飲み干す。それでもまだ喉が渇いていたので早々にテントを撤収し、坂内
まで下って今度は自動販売機で買った冷たいコーラを飲み干したのであった。

 それにしても反省すべき点が多すぎる山行であった。藪山登山では登るより下る方が難しい、
怖いということを身をもって思い知らされた。飲料水も非常事態に備えてもっと多めに持って行く
べきだった。
 行程の途中から刈り払いがされていたことなど幸運に恵まれていたおかげではあるが、蕎麦粒
山の山頂に立つことができ、そして無事に戻ってくることができて良かった。この山行の途中まで
頭の隅から離れなかった会社のことなどすっかり消え去っていたのであった。

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